トレイルランニング何が楽しいか?


報告者 黒井城トレイルランニング実行委員 田口穣(写真右)

 

自己紹介 1978年丹波市で生まれ

       18歳から28歳まで大阪、東京などで生活し丹波にUターン

       3年前から丹波市と洲本市の2地域居住。

       トレイルランニングと出会い丹波の持っている資産の大きさに気が付く

       現在は国内/海外のトレイルランニングレースに出場しトレイルランニング

       を楽しんでいます

       


トレイルランニングとの出会いと問題提起


 photo 初夏の五台山

あれはいつのことだったかな・・ある友人に「五台山に登ろうよ」と誘われた。

「ゴダイサンド?それなに?」おいしいの?

 

丹波に生まれ丹波に育つも・・それが丹波の山だとは恥ずかしながら知らなかった。(五台山とは654mある丹波市氷上町の山)

 

これぐらいの認識しかなかった私

 

まずは軽い登山から始まったのですが、下りを小走りで降りると忘れていた・・爽快感。

小学生のころ山で基地ごっこをした感じがよみがえってきた。ちょっと危ないことしたい・・ちょっとした冒険心から始まった。

 トレイルランニングを始めるまでの気持ち

正直・・・。ずっと丹波のことが好きじゃなかった。

 

 

 

 

 嫌いだったところ

●山が多くて田舎だし、店が少ないし不便だ   

●車がないと生活できないし、電車が全然なくて不便だ

●大阪とか神戸が遠くて不便だ

●仕事がない

●魅力的だと思えるものがない

 

これは高校生のころからずっと思っていて、実家の都合で丹波に帰るとなった時はまさに絶望でした。上に書いたことは、一般的に若者みんなが思っていることと考えていいのかも・・・。

だってその証拠に・・都会に出た若い子は帰ってこないじゃないか?

中山間地域はこれからどうなってしまうのか?

 


何をやってきてどこを目指すか


photo 向山連山から望む雲海

山に行くきっかけができたことで、毎週丹波の山を散策に出かけました。

向山連山、石龕寺~高見山、今回レースをする黒井城。ほかにも丹波市の山がどのようにつながりあっているのか?地形はどうなっているか(丹波中央分水界の径)なども興味がでてきていろいろと行きました。

 

そのなかで、山で人で合うことは少なかったです。また自分がそうだったように丹波の人は山に興味がない人がほとんどで、見たことはあっても登ったことはないという感じでした。

 

色々な山に登り、登ってみたい山が丹波市にはなくなり、次第により高い山、より難しいコースを求めて神鍋高原、六甲山、氷ノ山、金剛山、さらには関西を超えて北アルプス、富士山、日本全国の100名山などに行くようになります。

 

 

 

トレイルランニングの大会にも月1度程度出るようになり。一気にはまっていきました。

50マイルクラスのレース(70k-80K)100k、120k 160k 330kとだんだん出るレースもレベルアップしていきました。

 

 

自分でいろんなところで大会に出たり、走るイベントを開催することで仲間が増え、より客観的に自分たちのことが見えるようになっていきました。

 

東京の友人は近くに走る山がなく、練習するのも坂を探すのに一苦労だったり、週末しか練習できなかったりして 大変だといいます。そんななか山の中に住んでいる自分たちはいつでも気軽に山に入れる恵まれた環境であるということがわかってきました。入ろうと思えば毎日入れます。

 

山に登る前はただ田舎だと思っていた感情が・・山に登るとリフレッシュする、マイナスイオンを感じれる。自然と共生していくことのできる丹波という土地について、素晴らしいじゃないかと思えるようになっていきました。今までにはない感情が芽生えだした瞬間でもありました。

 

あるものを大切にするしかない。ないものに不平や不満を持って努力することも大切だけど・・・。自分たちの資産とは何か?こんなことを考えるようになりました。

 


何が楽しいか


photo 高見城山から見た景色

「山に登るのってしんどいでしょ?」ってよく聞かれる。確かにそこにだけフォーカスするとそうかもしれない。けど世の中にはしんどいけどまたやりたくなってしまうことと、2度とやりたくないことがなぜか存在する。

 

トレイルランニングは前者のほうであると思う。それはなぜなのか考えてみた。

●山で会うと必ず「こんにちは~」と挨拶する。気持ちがよい。↔東京のど真ん中では選挙の人以外一人一人にあいさつしたりはしない。

●その流れで今日のルートとか、どこから来たか、どこへ行くのかとか話が弾んだりする。知らない人同士が山というキーワードでつながったりする。これって山のすごいところだと思う。

●登ってきた道を見たときの「ああ・・あそこから登ってきたのか」という達成感なのか・・なんなのか感慨深い気持ちになる。

●今までもごみは捨てる人間ではなかったが、積極的にゴミを拾う、より落とさないようにする工夫みたいなものが生まれた。

●しんどい時に耐える人間性みたいなものが身についたかも?

●人と競争することではなく自分の体の調子とか、自分と向き合う時間が多くなり、人間としての深みが増したかも?

●トレーニング計画、ルート計画を事前に何度も立てることによってシュミレーションする楽しみを知った。

●マイナスイオンが出ている山に入ること自体人間としてとても気持ちいいことだと知った。

 

いろんな喜びがあるんだろうと思ったけど、基本人間は人の事は変えたいくせに、自分自身を変えていくことにネガティブな生き物だと思う。でもトレイルランニングを通じて自分を変えていく喜びの方が大きいと感じた。

 

 


何が素晴らしいか

photo 春先の岩屋山からみた景色

 

●自分ができないこと、やったことがないことに挑戦することを決め、努力し、それぞれのレベルで自己を評価する。

●イベントや大会を通じて人に貢献したいと思う、役に立ちたいと思う心そのもの。

●走るのが速いとか遅いではなく、参加する人に対して(準備をしてきたこと含め)リスペクトの気持ちを持ち、それをたたえること。または称えられること。

 

●1位の人が称えられるのは当たり前だけど、最後のランナーまでがその挑戦に対して称えられる人として素晴らしい競技をできること。勝者は一人ではない。

 

誰かと比べることで自分ができるとかできないとかを思うのではなく、自分は自分の良いところ、人の良いところは素直に認めれるようになった。

競争だけがすべてじゃない。それぞれの人にそれぞれの人生とドラマがあると心から思えて応援することができるようになったこは大きいことだったと思う。


自分の人生に及ぼした影響


photo 笠形山山頂から丹波方面

たくさんありすぎて書ききれないかもしれない・・。

トレーニングを週に何回かするようになったので、痩せた。当初から言うと10k近くダウンした。Lサイズだった服は現在はSサイズとなった。

これは運動だけではなく、食事も変化させたため。小麦食品を食べないグルテンフリーとか、精製された砂糖(白砂糖)を抑えめにするとか、野菜をおいしく食べるようにするとかの食事の内容の変化も大きい。お酒も2015年辞めた。

長い時間運動し続けられる体作りをしていく中でたくさんの学びを得た。

仕事に関しても、必要だと思い込んでいた無駄な仕事を見直し働く時間も今まで長かったのを徐々に短くして、生活自体をシンプルにしていくように努力し、変わってきた。

 

夜は10時には眠く、シッカリ睡眠時間をとって朝早く起きるようになった。物事の取り組み方が粘り強くなっただけでなく、より計画的にかつ長期スパンで考えられるようになった。

100マイルレースを目指すようになり、出場レースは2、3年先まで考えるようになったことも大きな要因。トレーニング計画、仕事の展望も長期で考える習慣がついた。

トレイルランニングを通じて多くの人に貢献できる喜び、喜んでもらうことの楽しさを知った。また仕事でもトレイルランニングにかかわれるような仕事をしたいと考えるようになった。


今考えていること


丹波の資産のひとつは、山であることは間違いのない事実だろう。それに気が付いて生かせるかどうかはわからないけれど・・・。

価値は持っている人が持っていない人に提供してこそ意味があると思う。そこにある価値を認識させて、こういう活用の仕方があるよってことを提案することしかできないけど、自分レベルでそれをやっていこうと思う。

自分がトレイルランニングに出会えた幸運を他の誰かにもおすそ分けしたい。素直に思う。だってトレイルランニングを通じて出会う人は悪い人は一人もいないから。

挨拶できない人は一人もいない。(挨拶が聞こえない人とかしんどくてできない人はいますが・・)ゴミを意図的に捨てる人はいない。綺麗な環境、偉大な自然の中で人間も磨かれていくのだろうと思う。こんな中で子供の教育ができれば最高だと思う!

 

丹波でトレイルランニングの普及ができ、大会が成功出来れば素晴らしい!

丹波で出来たら他でもできると思う。そんな気付きの一助にしかならないけど役に立てればやってよかったなと思うんだろう・・。

みんなが楽しんでできる大会を作る 言葉で書くとたったこれだけど、この難しいことをやっていくので、皆様のご協力よろしくお願いします。いい大会にしたいです。

 

                                      田口穣